OITA NAKAMURA HOSPITAL

Series[ 連載 ]

なかのひと、わたしたちの「こころざし」

「当たり前の日常」を取り戻すために
婦人科医が挑み続ける低侵襲治療とチーム医療

大分中村病院 婦人科部長

西田 純一(にしだ じゅんいち)

Series なかのひと vol.11

西田 純一

大分中村病院 婦人科部長

西田 純一(にしだ じゅんいち)

プロフィール

大分医科大学(現・大分大学医学部)卒業後、婦人科医としてのキャリアをスタート。九州大学生体防御医学研究所附属病院では、婦人科がんの遺伝子研究に従事。その後、佐賀県立病院(現・佐賀県医療センター)で婦人科癌の診断・治療、内視鏡手術(腹腔鏡手術)に携わり、技術を磨く。2016年大分中村病院へ着任。婦人科良性疾患や骨盤臓器脱など女性特有の疾患を中心に、低侵襲治療やチーム医療の推進に取り組んでいる。

勧められるまま医学の道へー研究に魅せられた10年間

骨盤臓器脱や尿失禁など、出産や加齢によって起こる女性特有の疾患。その症状によって外出を控え、人との交流を避け、生活の質が大きく損なわれる女性は少なくない。そうした女性たちの「当たり前の日常」を取り戻すため、低侵襲手術をはじめ、骨盤底リハビリテーションや多職種連携による診療に取り組んでいるのが、婦人科部長の西田純一医師だ。

子どもの頃から医師を目指していたわけではない。高校時代は情報工学に興味を持ち、その道へ進もうと考えていたという西田医師。「実は医師を目指したきっかけって、特にないんですよ」と笑う。

ちょうど大分医科大学(現・大分大学医学部)が創設された時期と重なり、家族の勧めもあって進路を変更。医学生となったものの、当時はまだ医学そのものに強い興味を持てずにいた。積極的に希望する専門もなく、先輩との縁から産婦人科へ進み、医師としてのキャリアを歩み始める。転機が訪れたのは医師になって3年経ったころだった。

九州大学生体防御医学研究所附属病院(現・九州大学病院別府病院)へ移り、婦人科がんの遺伝子研究に携わるようになったのだ。婦人科がんの発症メカニズムやがん抑制遺伝子について研究を重ね、気が付けば研究漬けの日々を送っていた。「臨床もある程度行いながらなんですが、とにかく面白かったですね」。

研究室にこもり、深夜まで研究を続ける。家に帰るのは日付が変わってから。そんな生活が10年近く続いた。「相当、家族には迷惑をかけました」そう語る穏やかな口調の奥に、研究に人生を捧げた時間への実感がにじむ。

「このままでいいのか」研究室を飛び出し、患者のいる現場へ

しかし、40歳を前にした頃、一つの思いが芽生え始めた。

「このままでいいのだろうか」

研究は面白い。けれど、自分が本当にやりたいことは何なのか。考え続けた末に出した答えが「臨床に本気で向き合うこと」だった。周囲からは「ここまで研究を続けてきたのだから、もったいない」と引き留める声もあったという。そう言われながらも、西田医師は研究者としての道から離れることを決断。その後赴任した佐賀県立病院(現・佐賀県医療センター)で、本格的な婦人科がん診療に携わる。

手術、化学療法、ホスピスケア含め、患者の人生に寄り添う医療を経験した。そこで出会ったのが、今の診療の柱につながる内視鏡手術(腹腔鏡手術)。当時、海外では婦人科領域の内視鏡手術が広がっていた一方、日本ではまだ限られた施設しか取り組んでいなかったという。そんな状況下で、西田医師は自ら技術習得に励む。周囲に教えてくれる人はいない。順天堂大学や倉敷成人病センターなど、国内の様々な施設を訪ね歩き、最前線の技術を吸収した。

「やっぱり、その道のトップを走っている人に学ぶのが一番ですから。とにかく日本で1番腹腔鏡手術をしている施設に行って、色々話を聞いたりしましたね」。決めたことは、自ら切り拓いていく。その姿勢は、後のキャリアにも影響していく。

大分中村病院での新たな挑戦「婦人科領域の腹腔鏡手術を広める」

大分中村病院に入職したのは2016年。当時の大分県では、婦人科領域の腹腔鏡手術に積極的に取り組む医療機関はまだ多くなかった。「婦人科の腹腔鏡手術をもっと広めたい」。そんな思いを胸に活躍の場を探していたとき、転機が訪れる。

「中村太郎先生とたまたまお話しする機会があって、『うちでどうぞ』と言っていただいたんです。それで『ぜひお願いします』ということになりました」

こうして大分中村病院へ赴任した西田医師は、これまで培ってきた高度な技術を活かし、子宮筋腫や子宮内膜症、卵巣腫瘍などの婦人科良性疾患に対する低侵襲治療に力を注いでいく。

腹腔鏡手術は、開腹手術に比べて傷が小さく、術後の痛みや身体への負担が少ないことが特徴だ。さらに近年は内視鏡機器の性能向上により、骨盤の奥深くまで鮮明に観察できるようになり、より繊細で精度の高い手術が可能になっているという。

若い世代から高齢者まで、婦人科の症状は一人ひとり異なるが、西田医師が目指すのは、できるだけ身体的負担を抑えながら、その人らしい生活を取り戻せる治療。

現在、西田医師のもとには県内はもちろん、県外の医療機関からも多くの患者が紹介されている。その背景には、高度な技術だけでなく、患者一人ひとりに最適な治療を追求する姿勢にあった。

民間病院だからこそ、医療だけでない「価値」を届ける

大分中村病院に着任する前、西田医師は「民間病院だからこそ、経営のことも考えないといけない」と、病院経営についても独学で学んだという。

経営について学ぶ中で、強く印象に残ったのが、経営学者マイケル・E・ポーターの著書『医療戦略の本質』だった。そこで語られていたのは、「価値を提供すること」の重要性。

「患者さんがどんな価値を感じるのか。紹介元の先生方が当院に紹介する価値をどう見るのか。その両方を考える必要があると思ったんです」

経営は単なる数字の追求ではない。患者にとっての価値とは何か。それは診察や治療はもちろん、受付の対応や看護師の声かけかもしれない。不安な気持ちに寄り添う姿勢かもしれない。病院で過ごす時間全体を通して、「ここに来てよかった」と思ってもらえること。西田医師はそれを「期待以上の結果を出す」ことだという。

もう一つ大切にしているのが、紹介元の医療機関との信頼関係だ。紹介された患者については、治療の経過や結果を丁寧に報告する。「患者さんがどうなったのか先生方も知りたいはずなんですよ。地味な取り組みかもしれないですけど」そう語る穏やかな表情の中に、誠実さがにじんでいた。

女性の「当たり前の日常」を取り戻すためにーウロギネセンター誕生

西田医師が力を注いできた婦人科医療の一つが、骨盤臓器脱や尿失禁などの骨盤底疾患だ。これらは直接命に関わる病気ではないが、生活への影響は決して小さくない。尿もれが気になって外出を控える。長時間の移動が不安になる。趣味や旅行を諦める。症状によって日常生活そのものが制限されてしまう患者もいる。

多くの女性が婦人科系の悩みを抱えていても、専門医が少なく、教育システムも十分ではない。海外では専門領域として発展している一方、日本ではまだ遅れている部分が多かった。

そんな現状を知った西田医師が、海外の診療体制を学ぶ中で知ったのは、骨盤底リハビリテーション。欧米では手術だけではなく、理学療法士によるリハビリテーションが治療の重要な一部となっていたのだ。「これは当院でもやるべきだと思いました」。必要と思えば、まず計画を立て実行する。そんな西田医師のもとに、賛同する看護師や理学療法士、臨床検査技師が集まり、2018年、大分中村病院にウロギネセンターが誕生した。

▶︎骨盤底リハビリテーション科のページはこちら
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現在ウロギネセンターでは、女性の尿もれ、頻尿、排尿困難、尿意切迫感などの女性下部尿路症状や膀胱瘤、子宮脱などの骨盤臓器脱に対し、婦人科が窓口となり、泌尿器科、骨盤底リハビリテーション科とも連携しつつ、患者一人ひとりに合わせた治療を提供している。

ただ開設当初は、当然課題もあった。「始めましたと言っても、誰も来ないんですよ」。まず必要だったのは認知をしてもらうことだった。

地域を巻き込み、データを集める。800人の声から見えてきたもの

はじめに西田医師は、骨盤底疾患の実態を明らかにするための調査に乗り出した。対象は出産後の女性たち。「当時産後の方に体操がある程度有効というのは、常識的には分かっていました。ただ海外の論文はあるんですが、日本の論文はなかったんです。だから大分県の様々な施設で症例を集めて、論文を発表しようという目標を立てました」

そこで西田医師は、ウロギネセンターのスタッフたちとともに、大分県内各地の分娩施設を訪問し、尿失禁に関する大規模調査を行った。当時、県内にあった27施設が協力。わずか3カ月で約800人分のデータが集まった。

さらに産業医科大学との共同研究では、尿失禁が就労に与える影響についても調査を進めた。単なる治療にとどまらず、女性の生活や社会参加まで見据えた医療に尽力する。「必要と思えばプランを立てて、あとはやるかやらないか。必要だと思えば、やった方がいいんです」研究者時代から培ってきた探究心と行動力。その両方が生かされた取り組みは、積み重ねによって、一つの大きなチーム医療へと成長していった。

一人で診るのではなく、多職種によるチームで支える

ウロギネセンターの特徴は、多職種連携にある。婦人科医だけでは解決できない課題を、泌尿器科医、理学療法士、臨床検査技師、助産師など、それぞれの専門性を生かして支える。

様々な症状に対して、骨盤底筋体操などの運動療法、保存的治療、日常生活指導、投薬治療、手術など、治療の選択はさまざまだ。治療法が増えることは、患者の人生の選択肢が増えることにつながる。

取り組みが少しづつ知られていく中、ホームページからのメール相談も設けた。「気になる症状はあるけれど、どこに相談していいかわからない」「人に言いづらい」といった女性の気持ちに寄り添う重要な相談窓口の一つになっている。

「結構ニーズがあるんだと思いますね。コンスタントにメール相談が来るので。大分だけでなく、九州の中にもこういった施設は少ない。長崎から来られたこともありました。その方は実際当院で手術も行いましたね」。

婦人科領域の悩みを抱えている女性が多いにも関わらず、ウロギネセンターのような活動は、まだまだ広く知られていないという。そんな中、今後はSNSでの認知拡大を図るため、LINEを活用した情報発信にも取り組もうと準備中だ。症状を抱えながら我慢している人に、受診のハードルを少しでも下げ、「相談できる場所がある」と知ってもらいたいと願う。

「骨盤の悩みは臓器脱だけはありません。やはり一番多いのは、骨盤の痛み。当院は整形外科や外科など複数の診療科があるので、連携もしやすい。将来的に骨盤に関する悩みを幅広く受け入れられる“受け皿”になればいいなと思っています」

その言葉には、患者一人ひとりに寄り添い続けたいという思いが込もっていた。

女性の悩みに向き合い続けるために、次世代につなげる

最後に、婦人科医として最も大切にしていることを尋ねると、西田医師は少し考えてからこう答えた。

「逃げないこと。ごまかさないことですね」

分からないことは分からないと言う。難しい症例にも丁寧に向き合う。簡単な答えで済ませず、患者が抱える不安や悩みに正面から向き合う。

そんな西田医師が、現在見据えるのは次の世代だ。腹腔鏡手術を学ぶ若手医師の育成や教育システムの整備、骨盤底疾患に取り組む仲間づくり。その実現に向けた道筋は、少しずつ見え始めているという。

さらに今後は、行政とも連携しながら地域住民を対象とした公開講座などにも取り組んでいきたいと考えている。目の前の患者と向き合いながら、一歩ずつ実行しながら積み重ねてきた西田医師だからこそ語れる、地に足のついた未来への展望だ。

女性特有の悩みを、一人で抱え込まなくていい社会へ。

その実現に向けて、西田医師の挑戦はこれからも続いていく。


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