人に寄り添い、真摯に向き合う。
誰もが安心や幸せを感じられる医療現場を目指して
―「病気だけでなく、本気で、人と向き合う」という「こころざし」を新病院移転をきっかけに作りました。それについてどう感じましたか?
畑中:とても共感しました。この「こころざし」を書いたクレドカードを職員はいつも携帯しています。医療の現場においては治療することが最優先なんですが、いろんな治療方法がある中で、その人の幸せにおいて、何を優先するかっていうのはやっぱり考えなきゃいけないと思っています。
患者さんへの情報提供の方法や伝え方はしっかり考えないと、こちらが答えを誘導してしまう可能性がある。人と向き合うって方向によって見方が変わるので、これから難しいチャレンジをするのかなと思いました。医師や医療従事者も含めて真摯に向き合っていくという気持ちが新たに芽生えました。
渡邉:新病院になっても自身の仕事は大きく変わらないですが、患者担当制なので改めて「向き合う」大切さに責任も感じています。患者さんは性格も症状も、考え方も希望もそれぞれ違うので、悩む場面も多いです。でも必要なことはしっかり伝えつつ、患者さんひとりひとりの希望に寄り添い、真摯に向き合うことを大事にしながら、リハビリに取り組んでいきたいです。
今につながる大きな出会いと経験
「人と向き合う」医療提供を目指して
―「こころざし」につながる体験談をお聞かせください。
畑中:理学療法士として勤務を始めて2年目頃の患者さんが自分にとって思い起こされる体験の一つです。くも膜下出血だったにもかかわらず一命は取り留めたんですが、ご飯も食べられない、話せない、起き上がることもできないという状態でした。
渡邉:どのようなリハビリから始めたんですか?
畑中:僕はその方が退院してからリハビリを担当したんですが、入院中はまず立つことから始めて、積極的に運動や歩く練習をしたようです。どんどん良くなり、自分で車椅子に移ることができるようになってご自宅に退院されました。
当時患者さんは「娘さんとバージンロードを歩く」という目標を持っていました。正直「ここまで回復しただけでもすごいことなのに、難しいかもしれない」と思いました。でも僕は「セラピストが諦めたらダメだ」といった熱い気持ちを持った先輩方に育てられたので、「僕もあきらめちゃいけない」と次第に思うようになりました。
それから一緒に頑張って2年後、その方は娘さんとバージンロードを歩いたんです。改めて会いにいって写真を見せてもらいながら話を聞けました。当時の頑張りも知っているので感動もひとしおでした。ご家族の幸せそうな姿はもちろん、患者さんのはにかんだ表情は今も記憶に残っています。
渡邉:すごいですね。その経験から得たことはありますか?
畑中:この経験があったからこそ、絶対諦めちゃいけないと思うようになりました。これがなかったら、自分の尺度で患者さんの人生や幸せを決めつけてしまうようなセラピストになっていたかもしれません。
渡邉:諦めない姿勢が患者さんの未来に繋がったと思うと、責任の重さとやりがいどちらも感じます。高齢で病気になって後遺症が残って、意欲が湧かない患者さんは、リハビリにどう気持ちをつなげていくのかが悩ましいですね。気遣いながら声かけをしていても、なかなか前向きな気持ちに持っていくのは難しいこともあります。かといって気持ちに寄り添いすぎてお互いどんよりしても進まないですし・・・。畑中さんはそんなときはどうしていますか?
畑中:むやみに前向きな気持ちにさせないようにしています。患者さんにとって一番と思える方法を選んでほしい。ただ選択肢は多い方がいい。その中で僕たちは最悪のパターンにならないようにサポートする。遠回りかもしれないけど、その人が選んだ価値観を尊重したいです。
でも、いつも悩むところです。振り返って、そうしてもらうことが正しかったのかどうか、後悔することもあるし。他のセラピストだったらもっと上手くできたのかなって思うこともあります。
だけど、その気持ちがなくなったら僕はもうセラピストではいられないと思っています。自分がうまくできていると思っていたら、その方を型にはめてしまうことになってしまう。患者さんに対しても自分の成長についても絶対に諦めたくないですね。
渡邉さんはどうですか?
渡邉:勤務2年目頃、脳梗塞を繰り返して、呂律が回らない状態の患者さんを担当しました。リハビリも意欲的にされる方でしたが、かなり重症で回復もゆっくりだったんです。でもご本人的にすごく楽しかったみたいで、退院される時に泣きながら手紙をいただいたんです。手紙には「一生忘れない思い出の1ページです。楽しかった。ありがとう」と気持ちが記されていて、とても印象に残っています。その手紙は今でも大切に手帳に挟んで持ち歩いています。
畑中:当時はよく悩んでいましたよね。手帳に入れているのは初めて知りました。
渡邉:あの頃はまだ新人で悩みも多い中だったので、特に嬉しかったです。今でも悩んだときたまに読み返すと、「また頑張ろう」という気持ちになります。
畑中:そのほかにも印象的な患者さんはいますか?
渡邉: 90代の男性の患者さんで印象に残っている方がいます。その方は誤嚥で肺炎を繰り返しておりしばらく食事がとれていなくて。ですが食べたいという意欲が強くて、訓練も積極的でした。リハビリを続けていくうちに少しずつ柔らかいもの、ご飯も食べられるようになっていきました。元気になるうちに食欲も出てきて、「お汁粉が食べたい」と言ってくれたんです。一緒に売店にお汁粉を買いに行き、食べることができました。リハビリをしていても、全員が回復するとは限らないので、なおさらよかったと実感しました。
畑中:「これがしたい」って言ってくれると嬉しいですよね。そこを目指そうとお互い頑張れるし、僕たちのモチベーションも上がりますよね。言わないと僕たちがゴールに持っていこうとする。
渡邉:そうですね。食べたいという意欲があればいいんですが、筋力の衰えがある方はもちろん、高齢で食思不振の方もいますし、認知症を有する場合は、口を開けてくれないこともあるので、ときには家族と協力して好きなものを持ってきてもらうなど試行錯誤しています。
あと勤務3年目の頃の自分自身の体験ですが、私が高校生の時、脳腫瘍を患った母親が再びリハビリを受けていました。リハビリで回復していく様子を感じることで私の仕事面でも精神的に支えられました。
「今日はこれをしたよ」「すごい楽しい」と話してくれて、私も家族もそんな母の姿を見て嬉しかったことをよく覚えています。患者家族の立場になって、精神面への影響はリハビリにおいても大切な要素だと実感しました。
畑中:がん患者さんは年齢層が幅広いので、向き合い方を考えさせられますね。癌の場合は精神的な苦痛を伴うことも多いので、なるべく患者さんの気持ちに耳を傾けるようにしています。こちらから話しかけるより、“聞く・受け止める”要素が大きいですね。出勤したら顔を見に行って「おはようございます。今日変わりないですか」と声かけをしたり。渡邉さんはどうですか?
渡邉:特に脳疾患の場合は、急に障害を抱えて「なぜこんなことになったのか」とガクッと落ち込む方も多いです。なかなかリハビリへの意欲がわかない方の気持ちを想像しながら、「なぜ嫌なんだろうか。なぜこうしたくないんだろうか」など自問自答しながら患者さんを理解することに努めています。
その患者さんへの理解が深まれば、関係性が徐々に出来上がっていきリハビリに対し意欲を見せてくれることもあります。なのでリハビリの時間だけでなく、日常的に関わる時間も大事にしています。
―それぞれの立場から、今後どんなことに取り組んでいきたいですか?
渡邉:患者さんが退院してからの今後も見据えて、想像を膨らませながら取り組んでいきたいと思っています。帰宅後の生活の支援も兼ねて訪問リハビリにも積極的に携わっていきたいです。
畑中:僕は今地域連携部にいるので、地域の方たちが気軽に足を運びやすい病院にしたいなと思っています。脳卒中や糖尿病について市民公開講座を以前行っていましたが、もっと和気藹々とした雰囲気で、気になることをすぐに聞けるような気さくなコミュニティがどこかでできないかなと。怪我や病気をしてなくても、肩が凝っただけの相談でも僕は嬉しいです。少しでも関わったきっかけがあれば、いざ心配事ができたときに当院を頼りやすくなるんじゃないでしょうか。
渡邉:そうですね。一番初めの相談窓口や患者さんとの関係性はすごく大事だなと感じます。
畑中:だれもが初めての受診が不安だと思うので、そのハードルを下げたいですね。
「人と向き合う」のであれば、まずそばにいる人のことを知りたい。人を知るためにはもっと広く深く、同僚や後輩、地域の皆さんと関わっていきたいと思っています。
患者さんの病気を治療・ケアするだけでなく、持続的な幸福・自己実現(ウェルビーイング)に向けた取り組みを、それぞれの役割の中で自然に実践している職員たち。日々真摯に向き合い、寄り添う姿勢は、病院が掲げるこころざしにつながっている。
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