OITA NAKAMURA HOSPITAL

Series[ 連載 ]

なかのひと、わたしたちの「こころざし」

患者と共に成長し続ける
—ある理学療法士の歩み

回復期リハビリテーション病棟 / 理学療法士

金澤 裕美(かなざわ ゆみ)

Series なかのひと vol.5

金澤 裕美

回復期リハビリテーション病棟 理学療法士

金澤 裕美(かなざわ ゆみ)

プロフィール

アスリートのトレーニングやコンディショニングに特化したNSCA(National Strength and Conditioning Association)資格認定者。現在回復期リハビリテーション病棟にて、主に整形外科疾患の患者に対するリハビリテーションを担当。日々の業務に従事する傍ら、大分舞鶴高校テニス部のトレーナーを務め、生徒のトレーニング指導やコンディション調整にも取り組む。

自身の経験から“人の体に関わる仕事”に

毎日リハビリテーション室では、時間になると患者が続々とやってくる。広々とした室内には、多様なリハビリ機器が整然と並び、それぞれのリハビリがゆっくりと始まる。その一角で患者に寄り添う、ある一人の理学療法士、金澤裕美。理学療法士としてのキャリアは18年となるベテランだ。

現在回復期リハビリテーション病棟で患者とリハビリに励みながら、高校テニス部のトレーナーとしても活動を続けている。「色々な疾患を経験できる環境に身を置きたいと思った」と語るように、様々な症例に日々向き合いながら、知識や技術の引き出しを増やしてきた。

そんな金澤の原点は、自らが経験した“怪我”にあった。

高校時代、テニス部で汗を流していた金澤は、ある日、足の肉離れを負ってしまう。しばらく部活を離れることになり、悔しさと不安が胸をよぎった。だが、この出来事が、進路を決める大きな転機となった。
「その経験があったからこそ“人の体に関わる仕事”に興味を持ちました」。

とはいえ、その職業はさまざま。進路を決めるにあたって調べていく中で強く惹かれたのは、“理学療法士”という職業。「病院で働く資格は色々ありますが、その中でも、理学療法士が一番スポーツと関われそうだと思いました」。高校卒業後は大分県内の専門学校に進学し、3年間、体の構造やリハビリテーションの基本を学んだ。

卒業後の最初の職場は、別府市にある総合病院。ここでは、主に高齢の入院患者を対象としたリハビリを担当していた。「初めはスポーツに関われたらと思っていましたが、実際に現場に立つと、高齢者のリハビリもすごく奥が深くて。多様な症例を通じて学ぶことが本当に多かったです」と当時を振り返る。
だが、心の中にあった「スポーツ分野にもっと関わりたい」という想いは消えなかった。約10年勤めたのち、スポーツ整形外科にも対応するクリニックへ転職。そこでは若い世代のスポーツ障がいに関わる機会も増え、実践を積み重ねた。そこからさらに、学びを深め、一歩踏み出すための挑戦が始まった。それは、アスリートのトレーニングやコンディショニングに特化した「NSCA (※1)」の資格取得を目指すこと。

「専門学校では解剖学をはじめ、体について幅広く学び、基礎的な知識は身についていました。ただ、若い患者さんや、部活動に励んでいるような子たちを担当する際、どうしても運動量や負荷の設定に自信が持てない部分があったんです。だからこそ、理学療法士の資格だけでなく、スポーツに特化した資格も取得すれば、今後もっとスポーツ分野でのリハビリに 活かせるのではないかと考えるようになりました」と語る。

しかし、そこで立ちはだかったのは「大卒資格」もしくは「高度専門士(※2)資格」という受講条件の壁 。そこで、3年制の専門学校卒だった金澤は、通信制大学で大卒資格の取得を決意。働きながら学べる環境を求め、産休代替という形で総合病院へ転職し、 大卒資格を取得した。その産休代替(※3)の期間が終了するタイミングで大分中村病院に入職。日々の仕事に従事しながら、希望していた「NSCA」認定資格も取得した。

※1……正式名称「National Strength and Conditioning Association」でストレングス&コンディショニングの世界的権威として、研究に裏付けられた知識の普及と、その健康やスポーツ現場への応用を支援しています。
※2……専門学校で4年以上の課程修了等、文部科学省の基準を満たすこと
※3……従業員が産休・育休を取得する際に、その期間、別の従業員や派遣社員が、休業する従業員の業務を一時的に引き継ぎ、担当すること

大分中村病院での新たな挑戦と成長

大分中村病院では、これまで経験したことのない様々な症例の患者に触れることができた。「長年理学療法士として働いてきましたが、両かかとの骨折の術後リハビリとか、見たことのない症例の患者さんが多くてわからないこともありました。まさに1から勉強し直しという感覚でした」。

そんな金澤は現在回復期リハビリテーション病棟で、主に背骨や足の骨折など、整形外科疾患の患者に対するリハビリに従事している。退院後の生活を見据えて、患者が自宅で安全に暮らせるかどうかまでを考えるのは理学療法士の大切な役割だ。患者の認知状態や身体状況に応じて、家族に協力してもらいながら住環境を把握し、入院前の状態にできるだけ近づけるよう、リハビリ計画を立てていく。

患者が計画の目標にたどり着くまでには、日々の小さな積み重ねが必要だ。1日2〜3回、40分から1時間のリハビリを繰り返し、変化の兆しを丁寧に追い続ける。無事に家に帰れるように、施設で安全に日常生活を送れるように、その人らしい生活を取り戻すことを目指して、リハビリを積み重ねていく。

患者が元気を取り戻し、退院の日を迎えると、中にはわざわざリハビリ室まで足を運び、「ありがとうございました」と感謝の言葉を伝えてくれる患者もいるという。そんな瞬間、これまでの介入が間違っていなかったのかと胸をなでおろし、自信へとつながっていく。「リハビリの最終段階や退院時に、患者の声を直接聞くことができることは、本当に嬉しいですね。頑張ってきてよかったと実感します」。

部活動のトレーナーとして、再びテニスの世界へ

7年前からは、強豪として知られる大分県立大分舞鶴高等学校テニス部のトレーナーも務めている。トレーナーの仕事は、トレーニング指導、試合前後のケア、コンディション調整など、選手がパフォーマンスを発揮できるよう、総合的にサポートすること。月に数回、部活動に参加し、試合時には九州大会や全国大会にも帯同する。「自分もテニス部だったので、関われるのが嬉しいです。もちろん体力的には大変ですが」と笑顔。長年の想いが形になった喜びは大きい。

その仕事も細やかで丁寧だ。例えば試合中に選手の不調を訴えられたとき、その場で対応が可能な状況か、病院に行くべきか、監督や保護者と相談しながら判断する。新しいトレーニングメニューを導入するときは、文献を読み込み、競技特性に合ったメニューを組み立て、自らもまず体験する。
「やらせるだけじゃなくて、ちゃんと自分でやってみて、“これはきついな”とか“効果あるな”ということを確認してから取り入れるようにしています」。現場での経験は、理学療法士としての幅をさらに広げてくれているという。またトレーナーとしての活動と病院の仕事を両立できているのは、理解ある職場の存在も大きい。「連休を快く取らせていただけるので、ありがたいです」と感謝の想いを語った。

大分県立大分舞鶴高等学校テニス部でのトレーナーの様子

“伝える”から“伝わる”への変化―学び続ける、その先に

金澤が、理学療法士として働く上で日々大切にしている価値観がある。それは、「一方的に自分の意見を押し付けないようにする」こと。

「若い頃は、自分が学んだ知識を“これが正しい”と思って、そのまま患者さんに伝えていました。でも、それじゃうまく伝わらない。自身の経験を通して気づきました。“どうやったら伝わるんだろう”って、言い方や順番を工夫するようになってから、反応が変わったんです」。今では患者の気持ちに寄り添い、お互いに納得してゴールを目指すことを大切にしている。患者も若い選手も、ちゃんと“耳を傾けてくれる相手”には、心を開いてくれる。

自身が所属する病棟では新人の指導にもあたり、患者への接し方や実際のリハビリの進め方など、現場で手本を示しながら伝えている。だが、まだまだ学びを止めるつもりはない。「たくさんの経験を重ねても、“初めて”に出会うことがまだまだある。だからやっぱり、この仕事に終わりはないなって思います。人によって必要な支援は違いますし、正解はひとつじゃないんですよね」。そう語る表情は柔らかく、どこまでもまっすぐだ。

これまでも、これからも「患者さんや部活動の選手など、関わらせてもらった方から“歩きやすくなった”“プレーが良くなった”って言ってもらえるように、自分自身も日々学び、磨き続けたい」と語る。

経験を積み重ねながらも、常に自分を振り返り、学び続けるその姿勢は、大分中村病院の「病気だけでなく、本気で、人間と向き合う」こころざしを着実に体現していると言える。目の前の1人と向き合い、対話を重ね、リハビリのその先にある「その人らしい生活」へと導く。それは簡単なことではないが、「また一歩、前へ進めた」と感じられる瞬間があるからこそ、金澤は今日も現場に立ち続ける。

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