社会医療法人恵愛会 大分中村病院

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新年あけましておめでとうございます / 理事長・院長 中村 太郎

昨年は父を題材にしたドラマ「太陽を愛した人」が、NHKで全国に放映されました。これは私が0歳(父が英国留学中、1960年)から23歳(医学部4年生、1984年)までのストーリーでした。1964年東京パラリンピック、1965年太陽の家開設、そして1966年に大分中村病院が創立され、当初は50床の整形外科専門病院としてスタートしました。
高度成長期の中で交通戦争といわれるほどの死傷者の増大、労災の多発の中で外科、脳神経外科、形成外科など外科系各科を追加、高齢化社会を迎え、循環器内科、消化器内科、呼吸器内科、腎臓内科、糖尿病内科などが加わり現在は260床の24診療科を有する二次救急病院として機能しています。
しかし、この50年ほどの間に交通事故は激減し、昨年の交通事故死傷者数は統計をとり始めた1948年(自家用車を持つ人がほとんどいなかった)より少なくなっています。そしてパラリンピックも同じ障害を持つ人たちの国際的親睦会といった趣から、純粋な競技スポーツに発展しました。2020年東京パラリンピックでは選手医療統括責任者(バドミントン)を拝命していますが、その役目はスポーツ医としてのものです。
世の中は絶えず変化していきます。「医療による社会貢献」という理念は、堅持しながらも、一方で人口減少少子高齢化社会に対応すべく、地域医療計画に沿った、医療及び介護連携をさらに深め、救急、急性期医療に取り組んでいきます。加えて訪問リハを開始するなどリハビリテーションをさらに充実させ、地域包括ケアの一翼を担っていきたいと考えています。
地域密着の市民に寄り添う病院として、さらに社会の「交器」になるべく2019年も歩んでいきます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。